メタファーが作り出す期待値と使いやすさの関係

メタファーとは

Webをはじめとしたテクノロジーを利用したものには、馴染みのない機能や象徴的で捉え難いアイデアがあります。それらをスクリーンショットで見せたり、分かりやすい解説があったとしても伝わらない場合が多いです。そこで、他にある似たようなものと関連付けさせて理解しやすくします。これを私たちは「メタファー」と呼びます。

フォルダーのアイコン

メタファーはパソコンの中にたくさん見ることが出来ます。アイコンデザインがその代表格です。絵としてフォルダを表現することで、頭の中で「幾つかの書類をまとめることが出来る」という本物のフォルダと関連付けがしやすくなり、操作を促すことが出来ます。フロッピーディスクアイコン (保存)のようにメタファーからシンボルへと進化した例外もありますが、機能やインタラクションを説明せずに利用者に伝えることが出来るメタファーは、アプリケーションデザインやWebデザインでよく使われます。

メタファーが作り出す「使い難い」

ユーザビリティを向上させることが出来るメタファーですが、何でもメタファーにして表現すれば良いわけではありません。使い方を間違えるとかえって使い難いと感じられてしまう場合もあります。

メタファーは先述したとおり『他にある似たようなものと関連付けさせる』ところから始まります。馴染みのあるモノ・コトと関連付けが出来るので理解はしやすいですが、同時にある一定の期待値を利用者に与えてしまう可能性があります。メタファーによって作り出された期待値と、実際もっている機能がマッチしないと利用者は「使い難い」と感じます。言い換えれば「期待はずれだった」といえるでしょう。

ひとつ例を見てみましょう。

メタファーと期待値と機能の関係を表した図

例えばフォルダをメタファーとして使った機能があるとします。利用者はこのメタファーを見たことで本物のファルダと関連付けさせて様々な期待を抱くでしょう。例えば「たくさんの書類が入る」「小さくまとめれる」「ラベルが付けられる」などがあります。しかし、実際の機能はラベルを付けることが出来なかったとしたら、フォルダと同じようなものだと認知していた利用者は戸惑うかもしれませんし、同じような作法をもたない機能に対して「物足りない」と感じるかもしれません。

もちろん、示したメタファーが作り出す期待値とまったく同じものを機能として再現する必要はないでしょう。しかし、期待値と機能のギャップがあればあるほど、使い難く感じてしまいます。たくさんの期待に応えていたとしても、メタファーが生み出すコアのようなアイデアが再現されていなければすべてが無駄になります。

電子書籍による紙メタファーの危険性

iPad / iBooks の利用

iBooksをはじめ、今見かける数多くの電子書籍のインターフェイスは『紙』というメタファーがたくさん使われています。最初はリアリティのあるアニメーションや綺麗なインターフェイスに魅了されていたかもしれませんが、次第に使い難い、無駄と感じている方が増えて来ています。この要因が先ほど書いたメタファーによる期待値と実際出来ることのギャップがあります。

iBooks のインターフェイスは見た目は美しいですが、めくってもめくってもページは減ることがありません。ページというメタファを使ったことで紙のページと関連付けして人は理解します。様々な『紙の良さ・特性』を期待するわけですが、iBooks はその期待に応えてくれているわけではありませんし、期待を裏切るものが幾つかあります。では、めくったらページが減っているように見えるインターフェイスにすれば解決するのかといえば、それは数々ある期待のひとつに応えたに過ぎません。デジタルメディアのメリットも活かさなければいけませんから、どうしても紙を再現出来ない部分がありますし、デジタルメディアを利用するという期待を裏切ってしまう可能性すらあります。

電子書籍は言葉自体はそれほど難しくありませんが、コンセプトを理解するのが難しい部分があります。手軽に電子書籍に触れてもらうために紙のメタファーを採用したという経緯は理解出来ますが、これに頼り過ぎてしまうとチグハグなものが出来てしまいます。紙っぽいけど使い難く、デジタルのメリットとして挙げられる拡張性や柔軟性がないものもあります。先ほどから「紙をメタファー」と書いていますが、現状「紙のようなギミック」といってもいいでしょう。今のところ、紙の良さを移行/移植するための試みばかりされているので、期待値のギャップから「やっぱり紙のほうが良いよね」という結論になってしまう方もいます。

書籍のもつ特性は、デジタル機器で電子書籍を読む際に役立つことがある部分もあります。しかし、それは紙の特性とイコールではありません。デジタルのもつメリットを活かして、どういった部分で書籍のメタファーが役に立つのかを吟味することが読みやすくて期待を裏切らない電子書籍になると思います。

余談になりますが、ここ数ヶ月間 Twitter 上で電子書籍と紙のデザインについて何回か語っていたので以下にまとめておきます。

  1. yhassy 今の漫画は見開きだったり、次のページをめくるという行為をうまくコマ割やストーリーテリングに活用していますね。iPad とかだとスワイプで次のページへ動くアニメーションを動きとしてとらえて表現する漫画もでてくるかな。
  2. yhassy Web を利用した電子出版といえば 10 年くらい前からありますね。当時はページめくりのギミックを再現したり、ページの拡大・縮小が出来たりとか、そんなかんじだった。パソコン上でしか見れないとか。
  3. yhassy ページめくりのエフェクト自体はまぁいいとして、それをマウスでぐぐぐってドラッグしなければならないのが何よりも面倒だった。見た目は再現出来ててもインタラクションがあまりにも違いすぎて使い難かった。
  4. yhassy なんで、iBook は立体的な本のような UI をわざわざ付け足したのかな。あんなことせんでもページをめくれることを伝えることは出来るし、そもそも紙の本でもないしな。あれだけスペースを使うことが必要だったのかしらね。ちなみに Kindle はない。
  5. yhassy iBooksの栞機能は微妙だねぇ。縦横と持ちかえるだけでページ数も変わるわけだから、あてにならない。どちら向きで栞をしたかによって別の向きだと2ページにわたって栞されてることも。向きを変えるだけでどの辺まで読んだかという記憶も辿り難くなる。
  6. yhassy 電子書籍という名の、昔でいうCD-ROMみたいなパッケージング
  7. yhassy 今のところ電子書籍は作る側/書く側にとってはメリット、読み手にとってはデメリットという感じがしないでもない。
  8. yhassy 書籍が生まれてからページ番号が付くまで50年かかったわけだから、電子書籍のデザインが発展途上なのも仕方ないな。
  9. yhassy 電子書籍やオンラインミュージックって購入しても所有するためにお金を払っている感じがしない。どちらかというと契約費用という感じ。買っても「あれするな、これ出来ない」という制約が付いてくる。コンテンツを楽しみつつも制約のことを気にしないといけない。
  10. yhassy 電子書籍より紙書籍のほうが良いなと思うことのひとつとして、著者からサインをもらいやすいという点かな。著者と出会ったこと、サインをもらったことで本に別の価値が生まれる。
Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。