ドキュメンタリー「Abstract」を観覧して抱いた違和感

ドキュメンタリー番組「Abstract」を見ていると、デザインは高級品と勘違いする人も出てくるかもしれません。「デザインはこういうもの」と提示しているというより「結局デザインって何?」という疑問のほうが多く残されました。

Netflix オリジナル作品「Abstract: The Art of Design」を観覧しました。様々な分野で活躍するデザイナーをひとりずつ丁寧に扱った全8回のドキュメンタリーシリーズです。ただでさえ少ないデザイン系の番組なので楽しみにしていましたが、Inspiration(刺激)より Confusion(混乱)の想いが強く残りました。

どのデザイナーも第一線を走り続ける有名人ばかり。登場するデザイナー達が遠い存在に見えるのは当たり前なのですが、デザインですら遠い世界の何か別のものに見えました。トップクラスのクライアントを抱えるグラマラスなデザイナー達。「自己表現」という言葉がところどころに出てくる本編を見ていると、デザインとは一体何なのか余計分からなくなるかもしれません。

デザインは課題解決という定義をする場合もありますが、表現を無視するのはナンセンスです。視覚的な美しさが課題解決に繋がることもありますし、そこには作り手(デザイナー)による『ある視点』が含まれるのは当然だと思います。しかし、本編には課題解決と呼べる部分がほとんど見ることが出来ず、デザイナーによる自己表現に偏っているようにみえました。

Netflix「Abstract」のワンシーン

課題解決と自己表現を完全に分けることはできないものの、あやふやにしたどころか自己表現へ話が寄ったのが心残りです。グラフィックデザイナー ポーラ・シェア( Paula Scher )さんが、自身がデザインした Boston のアルバム「 幻想飛行 」の話をしていたシーンは好例です。斬新なデザインで評論家からの評価も高く、セールスにも貢献したと言われていますが、シェアさんは「好きではない」「これが私の代表作になんて思われたくない」と言います。課題解決という観点から見れば、誇りに思えるデザインだったとしても、表現者としての自我がそれを素直に認めらないのだと思います。

自己表現を通じて社会活動にまで発展している写真家 プラトン( Platon )の回になると、デザインの定義が広がり過ぎてしまい、もはやアートと呼んだほうが良いのは?と問いかけたくなります。こうした自己表現を探求するデザイナー達の姿は、日々ユーザー調査や評価と向き合っているアプリや Web のデザイナーから見ると、接点らしきものを感じとるのが難しかったです。

個人的には最後のエピソードとして放映されたインテリアデザイナー イルス・クロフォード( Ilse Crawford )さんの回は共感を持てました。他のデザイナーに比べて自己表現という観点は薄く、空間にいる人々にどう感じて欲しいのかを探求して素材選びをしているシーンは刺激になりました。しかし、そんなクロフォードさんでも、インテリアデザイナーとしてのキャリアはハイエンドなゲストハウスのデザインがスタートでしたし、担当になった IKEA のデザインにしてもどのように人々の空間との付き合い方が変わったのか分からないままでした。

Abstract で登場したデザイナー達がやっていることは紛れもなくデザインです。ただ、グラマラスな日々を送るシーンだけ映し出されてると、デザインは高級品と勘違いする人も出てくるかもしれません。「デザインはこういうもの」と提示しているというより「結局デザインって何?」という疑問のほうが多く残されました。そこにはデザイン思考もなければ、人間中心設計もないわけです(少なくとも番組内ではそれは確認できませんでした)。

もし Abstract のシーズン 2 が放送されるのであれば、異なる視点のデザインにもスポットが当たることを期待しています。見たことない方も Abstract を通じてデザイナー、デザインについて自分なりに考えてみてはいかがでしょうか。

筆者について

Experience Points

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