AIがデザインの仕事を拡張する理由

AI のような技術を活用した機械化・自動化を対立関係だけで語るのは偏っています。今、人間中心と言われている設計手法も AI から見ると、抜け落ちている部分があるかもしれません。AI がデザインの仕事をより広く、深くしてくれるはずです。

対立ではなく協働

最近の AI の話題は「人から仕事を奪う」という文脈で語られることが多いです。デザインの世界も例外ではなく、人の代わりに作ってくれるサービスが幾つか出てきていることから、そう考える人は少なくありません。Web サイトのレイアウトを AI の力を借りて自動的に作ってくれる Grid。最近だと Wix がサイト制作に AI を導入したと発表しました。また、Tailor のように、幾つかの質問に答えたら、適したデザインパターンを出してくれるサービスもあります。作ることだけがデザイナーの仕事ではないと言われて久しいですが、AI の発展により、ますますそれが現実的なものになりました。

クリエイティブの世界でも機械化・自動化は当たり前になりつつあります。10 年以上前だと、機械によって生成されたコードは汚くて使い物にならなかったわけですが、今だと経験の浅いコーダーに任せるより良いものが作られることがあります。複雑なレイアウトで構成されたレスポンシブ Web サイトもPageCloud を使えば、コードを触らずとも難なく作れるわけです。

ここで紹介したツールはほんの一部ですし、半年後にはさらに便利なツールが増えているはずです。私もコーディングをバリバリしていた頃は「人の手を使わないと無理」と思っていたわけですが、今はそのほうが非効率なことがあります。すべてのケースで当てはまるわけではありませんが、機械化できる領域はどんどん拡がっているのは確かです。

ただ、こうした話題は、どうしても「奪われる」「入れ替わる」「必要とされなくなる」といったニュアンスが強くなってしまいます。しかし、AI のような技術を活用した機械化・自動化を対立関係だけで語るのは偏っています。もしかすると AI が人を殺しにかかるのかもしれませんが、そうした『対立』の前に、AI と『協働』する社会が来ると思います。AI がデザインをしてくれるからデザイナーが必要でなくなるというより、AI によってよりデザインの可能性が広がるはずです。

思いがけないインスピレーション

2016年3月、AlphaGoが、イ・セドル九段との対戦で勝利したのは記憶に新しいと思います。囲碁はチェスのようなゲームと比較して、局面の数がはるかに大きいことから、様々な可能性から最適な一手を割り出すという戦い方は困難とされていました。直感や経験を活かした一手を出すことができたのが、AlphaGo が他の AI と異なるところですし、大きな出来事と言われるひとつの理由です。

AI が勝ったという話題が先行していますが、ひとつ面白いエピソードがあります。全 5 試合あったイ・セドル九段との対戦の第 2 戦目。AlphaGo の第 37 手目は対戦相手であるイ・セドル九段だけでなく、それを見ていた誰もが驚くものでした。囲碁が分かる人であれば、間違いのように見えたその一手。しかし、その一手がこの対戦の行方を決める大きなものでした。定説を打ち破るその一手は「美しい」と評価されています。私たち人間が今まで考えもしなかった視点を AI が見せてくれたわけです。

AI がインスピレーションを与えてくれたおかげで、よりクリエイティブな一手を模索する人が増えたかもしれません。デザインでも同じようなエピソードが生まれる可能性があります。長い歴史のあるデザインの世界ですが、私たちのイマジネーションに壁を作っている可能性があります。「これはダメだ」と思えるものが、大きな可能性を秘めているかもしれません。独自の思考回路と情報処理をもった AI が、私たちのデザインの考え方を拡張する日は近いかもしれません。

より広い世界での模索

今日のデザインは、調査、システム思考、プロトタイプ、早いイテレーションを繰り返すというプロセスになっています。1, 2 のプロダクトやサービスを短期間で作成して世に出すという場合であれば有効ですが、場合によって危険を伴うことがあります。例えば、金融や医療システムのように失敗した部分を少しずつ改善すれば良いという考えが通用しない場合があります。様々な可能性を考慮して最善なシステムを世に出さなければいけないので、イテレーションが困難です。

仮説を基にデザインできたとしても、様々な可能性を考慮するのは不可能でしょう。システムだけでなく、デバイスと人との関係も複雑化してきているので、人が考える考慮範囲には限界があります。

無数の可能性をシミュレーション(模擬実験)することができるのも AI の利点です。様々な状況を考慮するだけでなく、あるデザインを採用することで発生するトレードオフも、作る前に分かるようになるかもしれません。リスク軽減に繋がるだけでなく、模索する敷居を著しく下げることになるでしょう。シミュレーションによって、今までと少し違うことを気軽に試しやすくなるかもしれません。

Web サイトやアプリであれば、様々なレイアウトパターンを、無数の状況下に置いてテストできるようなものです。こうした環境が整えば、「こうしたら面白くない?」「こうなれば使いやすくならない?」という模索がしやすくなるはずです。AI が作れるから仕事がなくなるのではなく、AI が私たちの作る仕事をより広く深いものにしてくれるはずです。

まとめ

Web やアプリのようにテクノロジーと寄り添って前進してきた世界は、機械化・自動化は当たり前ですし、日々の仕事の一部になっています。 Photoshop も 2016 年に出たものと 2000 年に出たものを比べれば、自動化されているところが多いことに気付くはずです。では、Photoshop が写真家や加工する職人の仕事を奪ったのかといえば、そうではありません。彼らはより多くの仕事をこなしているでしょうし、模索をする幅も広げているはずです。

AI をはじめとした機械化・自動化するための技術は、対立したものとして見るのではなく、私たちが本来するべき仕事の追求に役立つものです。こうした技術の飛躍は、私たちの視野を疑うタイミングに来ているのだと思います。今、人間中心と言われている設計手法も AI から見ると、抜け落ちている部分があるかもしれません。整備されたかのように見える今日のデザインプロセスを超越した何かが生まれる可能性があると思うと、少しエキサイティングな気持ちになります。

筆者について

Experience Points

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