妥協の先にあるデザイン視点

Microsoft Surface

本当に妥協のない体験なのか

Microsoft が自社製のタブレット Surface を発表しました。着脱可能な超薄型キーボードを搭載。タブレットとしても、ノートパソコンとしても使うことができるのが最大の特徴です。 2012年4月、東京都内で開催された開発者向け会議「BUILD」で、あらゆる機器で「妥協のない」体験を Windows 8 は提供できると話していましたが、それを形にしたのが Surface だと思います。ひとつの OS でタブレットもノートも関係なく操作ができるという、Windows 8 の強みを活かしたプロダクトといえるでしょう。

両方ともで使えるということに「妥協をしていない」Windows 8 ではありますが、これは同時に利用者体験の妥協を生み出しているのではないかと感じています。

Windows 8 には、メトロ UI だけでなく、Windows 7 以前からあるお馴染みのデスクトップモードが実装されています。目的に応じてメトロとデスクトップモードを切り替えることが出来る仕組みになっているので、インターフェイスの劇的な変化に徐々に慣れることができるだけでなく、自分のスタイルに応じて使い分けることが出来ます。

一見、便利なわけですが、メトロとデスクトップという2つの顔をもつ Windows 8 が、利用者体験の妥協に繋がると考えられます。両方とも使えるようにするというコダワリが、利用者の混乱を生んだり、開発・設計を難しくすることもあり得ます。

振る舞いやムードによって変わるUI

Webデザインにも共通する話題ですが、ソフトウェアデザインも、ただ綺麗な装飾を施せば使いやすくて魅力的なプロダクトになるというわけではありません。モニター上に映し出されている『絵』を作り出すには、インプットやハードウェアなど、あらゆる要素を考慮しなければ成立しません。

Touch interaction design (Metro style apps)指を使った操作に関するデザインガイドライン。Metro向けだが、それ以外の環境にも参考になる情報があります。

タッチデバイス向けにアプリや Webサイトを構築したことがある方は分かると思いますが、インプットがキーボード&マウスから指に変わっただけで、UIの作り方やインタラクションデザインへの取り組み方が大きく変わります。マウス操作であれば、あるべき設計思想が、タッチインターフェイスでは意味がないということもあります。

2つの顔をもつ Windows 8 では、2つの異なるインプットの両方に対応するという課題がでてきます。対応することは出来るものの、タッチに最高のインタラクションデザイン、デスクトップ環境で最適な振る舞いという両方を同時に獲得するのは難しいです。両対応しているものの、どちらにとっても少々物足りない結果になる可能性があります。

また、メトロとデスクトップモードを切り替えることが出来るのは、利用者の負荷に繋がることも考えられます。今はタッチで使いたいからメトロ、文章を書きたいからデスクトップモード・・・といった具合に、自分のやりたいことに合わせて UI を切り替えなければならないとしたら少々面倒です。そもそも、利用者は「○○をしたい」「xxが見たい」というタスクしか思い浮かべないので、それに合わせてインターフェイスを変える(変わる)という発想はないでしょう。利用者が操作するものではなく、ソフトウェア(作り手)が自動的に処理してあげるべきところなのかもしれません。2つの顔を持つということは、2つの顔を使い分けなければならないという状況に陥ることも考えられます。

以上の理由から、利用者の視点から見て Windows 8 の体験は妥協があるのではないかと考えられます。

妥協からデザインの決断へ

Windows 8 の UI の考え方が、体験のことを考慮していないわけではありません。

恐らく上記に挙げた課題は、デザイン課程でも出て来たと思います。それでも今の形になったのは、ビジネスゴールや開発といった、様々な考慮も必要だったからでしょう。Microsoft は Apple に比べて後方互換性を強く意識している企業です。Windows 7 以前のユーザーや少しでも楽に移行出来るようにする。今まで動いていたアプリケーションが今までどおり操作ができる。こうした課題を解決しつつ、様々なデバイスで使える OS を開発するのであれば今のアプローチがひとつの回答だと思います。

もちろん、これは別の視点から見れば妥協になることもあるわけですが、妥協がない完璧なモノというのはありえないと思います。どこかで妥協はあるかもしれないけど、その中で自分たちの芯を通すというところが「デザインの決断」ではないかと思います。

妥協はデザインプロセスで常にある葛藤のひとつです。
すべての人を満足させることは出来ません。それぞれが思う「良い」をすべて採用してしまうと、コンセプトそのものが崩れ去ることがあります。だからといって、削ぎ落とし過ぎると、利用者を突き放したデザインになることもあります。何を取り入れて、プライオリティを決めて作っていくのかが、デザインの決断であり、前へ進むための原動力になると思います。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。