クルートレインマニフェストが今に伝えるメッセージ

1517年、マルティン・ルターが 95ヶ条の論題を発表し、カトリック教会中心のヨーロッパ社会に大きな影響を及ぼしました。そのおよそ 400 年後に同じように 95 の論題を発表した人たちがいます。その論題は TV や新聞といったマスメディアが多大な影響をもっていた当時、大きな衝撃を与えました。本当にそんな時代がやってくるのかと疑った人もいたでしょう。しかし、それは振り返ってみると今を予言しているかのような内容です。

Cluetrain Manifest 書籍の表紙英語ですが、詳しい解説が書かれた 書籍を購入することが出来ます。Amazon.comからだと、Kindle 版を入手することができます。

その論題とは1999年に発表された Cluetrain Manifesto(クルートレイン マニフェスト)。Rick Levine, Christopher Locke, Doc Searls, David Weinberger の3人によって書かれた文書です。この論題は様々な言語に訳されており、日本語で読むこともできます。

クルートレイン マニフェストをすべて読まなくても、最初の 10 ほど読んだだけで、この論題がどれだけ正しいのか分かると思います。様々なサイトや書籍で「ソーシャルメディアがするべき○○なこと」みないなトピックを扱っていますが、この論題が元ネタではないかと錯覚してしまうような内容です。まだブログが姿を表したばかりの 1999年の時点で、こうした形で残していたことは素晴らしいことですし、これに共鳴した方が多数いたのも頷けます。

市場は対話である

クルートレイン マニフェストの最初に書かれているこの言葉が、マニフェスト全体を物語っていると同時に、今私たちの社会を象徴した言葉ではないでしょうか。消費者は Twitter や Facebook をはじめとしたソーシャルネットワークを通じて常に情報交換をしています。消費者が扱っている情報量とスピードは Web を使う前とは格段に異なります。消費者はものすごい勢いで賢くなっているわけですが、企業はそんな彼等と対話できているのでしょうか。

対話ということは対等であることを意味しています。つまり、従来は企業の特権ともいえた情報発信という力を、消費者も同じように手にしているということです。ネットワークで繋がった社会では、消費者と消費者との関係も強いわけですから、誰かが立ち上がって群衆をまとめてしまえば、企業の声が聞こえなくなるほど大きな力をもつ可能性を秘めています。市場は対話であるということは、企業が市場を動かすのではなく、市場(消費者)が企業を動かしているといっても過言ではありません。

ルターの 95ヶ条の論題によってカトリック教会が滅びることはありませんでしたが、社会は大きく変化しました。クルートレイン マニフェストにも同様のことがいえるでしょう。従来のようなマスを使ったコミュニケーションの仕方や、企業の影響力がゼロになることはありません。しかし、Web を活用する消費者はクルートレイン マニフェストが描いた姿になっていますし、その数は今後ますます増えていきます。結果的に企業の組織の仕方も変わるかもしれませんし、ビジネスの仕方も今後さらに変わるのかもしれません。

対話をデザインする

イメージ先行の嘘は見抜いてしまう。情報を出し惜しみしているだけでは、うんざりして去ってしまう。企業が出す情報より知人・友人の言葉を信じる。マスとしてではなく自分をひとりの顧客としてみてほしい・・・そんな消費者に対してデザインをする人たちは何を提供することが出来るのでしょうか。クルートレイン マニフェストに書かれている消費者像をみると、従来のメディアから続いているコミュニケーション手法ではリーチが難しいことは明白です。

まず第一点目として消費者の邪魔にならないようなデザインをすること。クルートレイン マニフェストの58番に、以下のような言葉があります。

If willingness to get out of the way is taken as a measure of IQ, then very few companies have yet wised up.
もし邪魔にならないようにする意識があることを IQ として捉えるのであれば、高い IQ をもった企業はごくわずかだ

企業の透明化がブランドを高める理由でも解説しましたが、オンラインでは企業が透明になることがブランド向上につながることがあります。企業が伝えたいイメージやメッセージを顧客に浴びせるのではなく、体験を通してメッセージを連想してもらうという設計が必要になるでしょう。

64番目もヒントになります。

We want access to your corporate information, to your plans and strategies, your best thinking, your genuine knowledge. We will not settle for the 4-color brochure, for web sites chock-a-block with eye candy but lacking any substance. 
わたしたちは、企業のあなたの情報、あなたの計画と戦略、あなたの最高の意見、あなたの本物の知識にアクセスしたい。4色刷りのパンフレットや、人目を惹くカラフルな、けれど実態は何もないWEBサイトに甘んじたりはしない

今、人が求めているのは対話をするための情報です。それは役に立つ情報だけでなく、自分たちが発した声が対話として返ってくるのか、どのようなことを考えて製品・サービスを提供しているのかといった人工的ではない人間味のあるコンテンツです。美しい画像や映像は見ていて気持ちいいわけですが、それだけで企業と関係を築こうと思わないですし、製品を買おうと思うキッカケにもならなくなりました(Web におけるコミュニケーションにおいてですが)。動きが早く、どんどん賢くなる顧客に対して、迅速な対話ができるようなプラットフォームを活用したり、様々なメッセージを Web サイトに反映できるような柔軟性が必要とされるでしょう。

ネットワークに繋がった顧客にコンテンツを見てもらうには、今までのように Web サイトへ訪れるのを待つという形では成立しなくなりました。そしてコンテンツを見てもらうキッカケがなければ対話も始めれないほど人々のネットワークは閉ざされています。彼等のスピードについていくためにも、企業はまずは Web という大きなネットワークと親和性を高めなければいけないですし、デザイナーもネットワークの社会がどのように動いているのか理解を深めることで、今の人々との親和性の高いデザイン提案ができるようになるでしょう。

Yasuhisa Hasegawa

Yasuhisa Hasegawa

Web やアプリのデザインを専門しているデザイナー。現在は組織でより良いデザインができるようプロセスや仕組の改善に力を入れています。ブログやポッドキャストなどのコンテンツ配信や講師業もしています。